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2015.07.03

読み物・コラム

幅允孝のよく噛んで読みましょう #1 ミシマ社「コーヒーと一冊」

時に味わい深く、時に人生の栄養となるのは一皿のおいしい料理も、一冊の素敵な本も同じなのかもしれません。ブックディレクターの幅允孝さんがそんな「よく噛んで」読みたい、おいしい本たちを紹介してくれました。丁寧に入れたコーヒーと一緒にどうぞ。

まずは、読みづらくかっこよいロシア人たちの「名前」の本

「コーヒーと一冊」という出版レーベルができた。これは、コーヒー1杯をゆっくり飲みながら、ゆるゆると読了するに丁度よい100ページほどの本のシリーズのことだ。確かに「時間がなくて本が読めない」とお嘆きの方は多いようだが、そんな人でもランチタイム2、3回分あれば読み切れる分量なのがありがたい。

第1弾の3タイトルは、じつに個性豊かなラインナップになっている。まず僕の目を疑ったのが『声に出して読みづらいロシア人』という松樟太郎の本。そんなコンセプトで本をつくっていいのか? と思ったのだが「コーヒーと一冊」では、全然オーケイ。彼らは自由なのだ。

幅允孝のよく噛んで読みましょう #1 ミシマ社「コーヒーと一冊」02

これは、「名前の響きが怪しげである」かどうかという基準のみで選ばれたロシアの政治家や芸術家、軍人、宇宙飛行士などの人物名鑑なのだが、ひたすら「役に立たない面白さ」を追求する姿勢には感服する。

見開きひとりのペースで紹介されるヘンテコで読みにくい名前のロシア人の来歴に思わずくすり。もちろん正確な歴史を踏まえてのエッセイなのだが、著者の松のツッコミは冴えまくっている。ベレゾフスキーとホドルコフスキーは、「敵っぽい名前」。「名前の長ったらしさ界の真打ち」は作家のサルトゥイコフ・シチェドリン。松の選ぶ最も格好いい名前はアレクサンドル・イサーエヴィッチ・ソルジェニーツィン。確かになんだか凛々しい気がしてきたぞ。

ゆるっと楽しいひとり飯が魅力的になる一冊

続いて紹介するのは『佐藤ジュンコのひとり飯な日々』。仙台在住のイラストレーター ジュンコさんはひとり飯歴18年。そんな彼女が綴る日々の食をゆるいタッチの漫画にしたのがこの一冊だ。仙台といえば、牛タン、笹かま、ずんだ餅をまず思い浮かべる人が多いはず。

けれど、この本では彼女の日常に根付いたささやかで温かいお店をいくつか紹介してくれる。喫茶ホルンのチキンレバーカレーもおいしそうだが、ふじやの冷やし中華も捨て難い。そして、彼女はいつだってビール党! 増えてゆく脂肪に悩みながらも、ベランダでちびりちびりとやる1杯の至福に勝るものはないという。ひとり飯というタイトルとは裏腹に、この本の読後にさみしい感じは微塵もない。いろんな人に囲まれて過ごす仙台の気持ちよい風が、読み手にも伝わってくるようだ。

幅允孝のよく噛んで読みましょう #1 ミシマ社「コーヒーと一冊」03

詳しくなくても入り込んでしまう将棋のノンフィクション

最後に紹介するのが北野新太の「透明の棋士」。僕は将棋に関しては素人なのだが、なぜか一気に読んでしまった高密度のノンフィクションだ。著者の北野も僕と同じように2005年まで将棋に興味を持ったことがなかった。だが、新聞で偶然見つけたひとつの記事が、北野を思いもよらない場所へ誘ったのだ。記事の主人公、瀬川晶司はかつて棋士を目指して夢破れた男。そんな彼が、アマチュアとして再起し、棋士になるための編入試験を受けるというのだ。試験の内容はプロと6番勝負して3勝すれば合格というもの。その瀬川にどうしても会いたいと北野は強く思い、彼の取材を重ねることで将棋の世界に入り込んでいったのだ。

「将棋以上に魂の震える対象はない」と語る北野の描く将棋の世界は、人と人の精神の削り合い。羽生善治も渡辺明もみんなぎりぎりの境界線上で戦う男たちだ。一方で、棋士は「美しい心を持った人々の集団」ともいえてしまうから、説明が難しい。ものすごく冷静でシビアな世界なのに、ちゃんとそこには熱もロマンもある。不思議なアンビバレンスを持つ世界をあなたにものぞいてみてほしい。

ちなみにこの「コーヒーと一冊」レーベルをはじめたのは、自由が丘の小さな総合出版社ミシマ社。数々のユニークな試みを出版界に投げかける彼らだが、このシリーズは買い切りという取引形態をとることで、本屋さんに通常より多くの利益が落ちる仕組みとしているそうだ。

ゆるりとした出で立ちで、なかなかに骨太な「コーヒーと一冊」。今後もどんどん継続して出版してゆくようなので、是非とも注目してみてください。熱くて濃いコーヒーに合うと思いますよ。

幅允孝のよく噛んで読みましょう #1 ミシマ社「コーヒーと一冊」_04

幅允孝(はば・よしたか)
ブックディレクター。BACH(バッハ)代表。人と本がもうすこし上手く出会えるよう、さまざまな場所で本の提案をしている。

文: 幅允孝

写真/山下 亮一

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