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2017.03.20

幅允孝のよく噛んで読みましょう #6 「日本の『食』と『文化』を伝える本」 

MOYASHIMON1と喰譜

時に味わい深く、時に人生の栄養となるのは、ひと皿の美味しい料理も、一冊の素敵な本も同じなのかもしれません。ブックディレクターの幅允孝さんがそんな「よく噛んで」読みたい、美味しい本たちを紹介してくれるこの連載。今回は海外に向けて日本の「食」と「文化」を伝える本をご紹介します。

マンガ『もやしもん』で発酵文化を伝える

日本の食を海外に伝えるとき、どうしても悩むのが日本食のステレオタイプだ。海外でSUSHIといえば、アボカドやエビにマヨネーズがたっぷり乗ったカリフォルニアロール的な、つまりデフォルメされたSUSHIが今までは当たり前だった。ところが、そういった「日本風」の料理ではなく、もっと本質的な日本料理を求める声が高まっている機運を、近々の出版物で感じることができる。

もやしもんの英訳「Moyashimon 1:tales of Agriculture」

『Dashi and Umami:The Heart of Japanese Cuisine』のような、お出汁の取り方を紹介した本がロングセラーとして愛され、日本の発酵文化を見事に紹介したマンガ『もやしもん』が『Moyashimon 1:Tales of Agriculture』として英語に翻訳され紹介される。日本文化である「マンガ」としての役割はもちろん、その背景にある食文化も伝える1冊だ。(ちなみに『もやしもん』は、吹き出し内や欄外のテキストが多いことで知られるのだが、それらもしっかり英語化し濃厚な発酵文化を余すとこなく伝えている。) 

食ではなく「喰」で日本料理の本質を伝える

喰譜 Jiki-fu

他にも人気がある食本はいくつかあるが、日本料理の本質を外国人にも伝えるという意味で緒方慎一郎の『喰譜 Jiki-fu』も欠かせない1冊だろう。

SIMPLICITY代表のデザイナー緒方慎一郎は、和菓子店「HIGASHIYA」や和食料理店「八雲茶寮」などを開き、日本文化の新しい差し出し方を模索してきた人。そんな彼に東京大学総合研究博物館館長の西野嘉章が協力する形で出版されたのがこの『喰譜 Jiki-fu』である。

「自然との共生のなかで培われてきた日本の感性を以て、食をひとつの芸術としてあつかう。」という序文の緒方の言葉にあるように、虎河豚(とらふぐ)、猪、蕨(わらび)など日本の食材とそれに合わせた器が博物誌的に美しく並ぶ。それらの写真は、まるで宝石やアートオブジェを撮るようなライティングで真っ黒な背景に写し出され、魚や獣の肉や見事に生育した野菜は神々しさすら漂わせている。その傍らには素材の来歴や受け継がれている調理法が日英表記で紹介され、この一冊を眺めれば日本が食を通じて大切にしてきた精神や作法、そして美意識を(知るというより)感じることができるだろう。

また、この本がユニークなのはタイトルのつけ方である。「食」ではなく「喰」という漢字を使った緒方の想いは、食べ物を芸術として捉えながら、あえて野趣(やしゅ)を好むという矛盾を孕んでいる。緒方の得意とするデザインの技術を用いれば「食べる」ということを崇高な事象に持っていき、どこまででも美しく装うことができたかもしれない。しかし、この本は僕たちが何か命を屠(ほふ)り、それを食べ、排泄しながら生きていることを認めている。つまり、たかが「喰」だと知り、その根本を認めながら、それでもなお食に憧れ、こだわってきた日本の食の系譜を包み込むような1冊なのである。

ISETAN The Japan Store Kuala Lumpurの店内

なぜこれらの本を紹介したかというと、マレーシアの首都クアラルンプールに私の会社「BACH」の手掛けた本屋ができて、実際にこの2冊を並べたからだ。

本屋は元々あった「クアラルンプール伊勢丹LOT10店」を全面改装した百貨店「ISETAN The Japan Store Kuala Lumpur」の中にあり、地下1階から5階まで約1万1,000平方メートルにも及ぶ店舗の3階全体が本の売り場となっている。中には茶室やギャラリーもあり、本を中心とした体験型の複合施設ともいえる。

ISETAN The Japan Store Kuala Lumpurの店内

この3階にある書店は、日本の文化を紹介するために FOOD、CULTURE、KIDS、LIFESTYLE、TRAVEL & NATUREという5つのテーマに合わせ約8,000タイトルの選書によって成り立っている。準備に1年以上かけたこのプロジェクトは、とても骨の折れる仕事だったが、なんとか完成にこぎつけることができた。

文化は色々な方向から影響を与え合いながら、どんどん編みこまれるものだから、日本の食のリアリティを海外に伝えるのは本当に難しい。しかし、(最終的にはマレーシアならではの解釈で受け取られるとしても)発信する側が自分たちの足元をしっかり知り、踏み固めることはとても大切なのだなと今回のプロジェクトを通じて思った。

幅允孝のよく噛んで読みましょう #1 ミシマ社「コーヒーと一冊」_04

幅允孝(はば・よしたか)
ブックディレクター。BACH(バッハ)代表。人と本がもうすこし上手く出会えるよう、さまざまな場所で本の提案をしている。

 

文: 幅允孝

※本記事に掲載された情報は、掲載日時点のものです。商品の情報は予告なく改定、変更させていただく場合がございます。

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