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2015.09.01

発酵デザイナー・小倉ヒラクさん 〜微生物の働きをデザインで見せる

発酵デザイナーの小倉ヒラクさん

近年、世界中から注目が集まる「発酵」の奥深き世界。日本の各地に伝わる発酵食品の技術は、おいしくカラダにやさしい健康食を生みだすものということだけでなく、医療や環境分野での活用など、まだまだ未知数の可能性を秘めています。そんな発酵の果てしない魅力に惹き込まれたアートディレクターの小倉ヒラクさんは、自らを「発酵デザイナー」と名乗ることを決意。そんな小倉さんに、発酵の秘密を寄稿いただきました。

目に見えない微生物のはたらきを、目に見えるように。

煮大豆に塩をかけたものと、お味噌。毎日食べるとしたらどっち?

ほとんどの人が「お味噌!」と答えるはずです。

同じような原料なのに、どうしてお味噌はこんなにも味わい豊かなのか。その秘密は「微生物=発酵菌のはたらき」にあります。麹(こうじ)菌や乳酸菌、酵母などなど、目に見えない菌たちが大豆のタンパク質やデンプン質を分解し、人間の舌を魅了してやまない「うまみ」をつくりだすのです。

拡大した麹菌の様子

糀菌の育つ、うつくしい様子

日本酒の蔵見学に行くと、樽のなかでプクプク泡が浮き立っているのを目撃します。そこで何が起こっているのでしょうか? それは、酵母がお米を分解し、二酸化炭素のガスと、良い香りのアルコールを放出する、神秘的な場面です。目に見えない生き物たちが、物質を変容させ、僕たちの暮らしを豊かにする。そのプロセスを観察し、デザインやアートのフィルターを通して「目に見える」ようにするのが、「発酵デザイナー」の仕事です。

遊びまくりの末、カラダを壊した20代。そして菌との出会い

日本の発酵食品のイメージイラスト

ズタボロの僕を救った偉大な発酵食品

デザインの仕事を始めた20代の頃、毎晩夜遊びを繰り返し、食生活も生活習慣もボロボロ。そのうちカラダの調子がおかしくなって、耳が聞こえなくなったり、咳が止まらなくなったり、低血圧で布団から出られないように。そんな折に、不思議な縁で「発酵博士」の異名をもつ小泉武夫先生に出会いました。

「むむッ!オマエ……免疫不全だな!」

「毎日味噌汁と納豆と漬物を食べろ!」

僕の顔を見るなり、先生は発酵食を猛烈にレコメン。その言いつけに従ってお味噌汁を飲む習慣を毎朝つけたところ、あら不思議。ゾンビのようだった体調も血色も良くなりました。それがきっかけで発酵に興味を持つように。そして、この「発酵」というヤツは、もともと生物学や文化人類学を学んでいた自分にとって、どストライクな世界だったのでした。

微生物というレンズを通して社会をのぞく

ちょうどその頃に、デザインの仕事が縁で山梨県の老舗のお味噌屋さんとの出会いがありました。見学で蔵に入った瞬間、なんとも言えない良い香りと、カラダの緊張がゆるんでいくような空気に包まれ「あらヤダ、微生物があたいのこと呼んでるワ!」と「発酵ビーム」が僕を直撃したのです。

山梨県甲府市の五味醤油のアートディレクション、参考画像とイラスト

山梨県甲府市の五味醤油のアートディレクション

その日を境に、発酵菌たちが僕の脳みそをハッキングし、僕は「デザイナーとして微生物研究の道を歩む」という数奇な道を歩むことになりました。発酵に関わる生産者やメーカーと一緒に、その土地独特の発酵文化や微生物の生態を調べ、商品をデザインする。歌って踊って発酵や微生物のことがわかるアニメーションをつくる。自分で味噌や麹が手づくりできる絵本を出版する。

発酵の奥深さを伝える食育プロジェクトから生まれたアニメ、「てまえみそのうた」。
この歌からダンスプログラムが派生し、山梨県の小学生たちが踊って学べるコンテンツにもなった。
グッドデザイン賞2014を受賞

日本各地でさまざまなプロジェクトをやるうちに、気づいたのは「発酵という視点から見ると、その土地のユニークさやルーツが見えてくる」ということでした。

郷土玩具「かわら人形」をモチーフにデザインした、山形県庄内地方の「かわらチョコ」の画像

山形県庄内地方の「かわらチョコ」は郷土玩具「かわら人形」をモチーフにデザイン。糀の醸した大吟醸を包んで

なぜその土地に酒蔵があるのか。それはそこに良い水が湧く森があり、麹菌や酵母がよくはたらく気候があり、甘みを引き出すのに良い米があり、ものづくりの情熱を支える良い気質があり、そして酒を流通させる交通網があるということです。「微生物」の視点から見てみると、生態系も文化も経済も今までとは違った姿で見えてくる。発酵を研究することで、僕はデザイナーとしても新たな発想を得たのでした。

発酵デザイナー宣言! 21世紀は発酵の時代だ!

「21世紀は発酵の世紀」と宣言した画像

そして、ここに僕は断言します。21世紀は発酵の世紀である、と。
オタクカルチャーもカワイイカルチャーも確かにユニークな、ここ日本ですが、しかし、さらに日本独自の世界を切り開いているのが、古くから歴史を紡いできた発酵の文化なのです。これは、数百年に渡りクールジャパンの牙城となるのではないかとすら考えています。

突如壮大な話になりましたが、この地球上における物質循環のキーは「微生物」だと僕は考えます。毎日ぞくぞくと生まれ出てくる膨大な生き物を分解し、土と水と大気に還元してくれる微生物たち。彼らのおかげで地球は生き物の死骸で埋まらなくてすんでいる。ありとあらゆる物質が、微生物の作用を受けて変容し、循環していく。

そのことわりの中で、発酵とは何を可能にし、僕たちに何ができるのでしょうか。それは、人間が21世紀をサバイブできるための物質循環をデザインすることだと思います。ひとつめは、もちろん食。ローカルな魅力が詰まりまくったユニークな料理をつくり、新しい食のマーケットをつくりだすことができるでしょう。ふたつめは、医療。さまざまな疾病を予防したり、腸内環境をコントロールしたりすることで免疫力を高めることができます。最後に、環境。発酵菌の分解作用を利用して、土や水を浄化することができます。

僕たちが今後、この世界を生き抜いていけるかは「いかに微生物たちを理解し、その力を借りるか」にかかっていると思います。その時に、発酵デザイナーはミクロの世界のコミュニケーターとなり、新世代のソーシャルデザインの案内役になれると考えています。

今はまだ自分ひとりだけど、発酵デザイナーは「未来を切り開く仕事」として全世界に広がり、僕は「発酵デザイナー協会名誉会長」の座につき、莫大な財産を得て、イビサ島のビーチに寝転がって甘酒のグラスを傾けることでしょう。

文: 小倉ヒラク

写真:深澤久美子 イラスト:小倉ヒラク

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